お知らせ
年頭の辞
古宮神社宮司 茂木貞純
明けましておめでとうございます。平成30年の新春を心からお祝い申しあげます。
先ずもって、皇室の弥栄をお祈り申しあげ、皆様のご繁栄ご発展をお祈りいたします。本年の元旦は、厳しい寒さでありましたが、快晴で静かな日となりました。新玉の歳始の如く、本年が平穏な一年になることを願っております。
本年は、明治維新150年の記念すべき年で、当時を顧みる機会が多くなると思います。欧米列強諸国の軍艦が日本近海に出没して開国を迫り、社会は混乱して危機的状況を迎える中で、尊王攘夷という国論が沸騰します。統治機能を失った徳川幕府は、大政奉還をすることとなり、天皇が政治の中枢に返り咲きます。明治天皇が16歳で即位され、明治新政府の中心として、近代国家の建設に邁進されることになりました。
新政府は、攘夷から開国和親政策に方針を大転換して、神武天皇の創業の精神に立ち返り、近代国家建設を推進します。社会の諸制度を改革し、教育、産業、軍隊、法制度など、欧米列強諸国と肩を並べる国家とすべく、強力に政策を推進します。急激な改革、すなわち欧化政策は、社会の混乱を招くことになります。しかし、手をこまねいていては、植民地にされかけない厳しい状況でした。よくぞこの危機を乗り切ったものと、先人に改めて敬意と感謝を致したいと思います。
明治、大正、昭和と続き、今上陛下は、近代国家となって以来はじめて譲位されることになりました。明年、平成31年5月1日には、皇太子殿下が新帝として即位されることになります。今上陛下の譲位の御表明は、いろいろな意味で、私たちに問いかけるものがありました。戦後社会の歩み、皇室の事、普段は思いもかけない事柄について、深く思いを致す機会となりました。
一昨年8月のお言葉の中に、ご即位以来「全身全霊をもって象徴としての務め」を果たされてこられたことが表明されています。戦後の分断され、分裂含みの社会が、こうして癒され平常に復してきたのでしょう。このことは明治維新以来、150年の歩みのなかで、考えてみると更に大きな意味があると思います。
日本を取り巻く状況は、明治維新や先の大戦以来の大きな転換の時期を迎えています。叡智を結集して、この危機に対処しなければなりません。歴史に学び、過つことなく将来を切り開いて行かなければなりません。平穏な年となることを切に祈りたいと思います。
常夜燈奉納される
古宮神社宮司 茂木貞純
当地の新井吉蔵商店の新井清次・栄子御夫妻から八十歳の長寿を得られた記念に社頭に何か寄進したいとのお話があり、ご相談の結果かねて常夜燈を設置したいと考えていたので、早速に計画を進めてゆくと宮大工の高度な技術が必要で、予算もかなり高額になることが判明した。そうした中、ほしのみや保育園が設立40周年を迎えたので、理事長と園長の賛同を得て、常夜燈を一基ずつ寄進していただくことにした。
宮大工には、千葉県野田市の吉祥工務店、石工には地元の石直さんにお願いして、順調に工事が進むことになり、年末の24日に設置し、30日に奉納清祓の神事を執り行うことが出来た。「平成三十年正月」奉納とさせていただき、平成30年の初詣の方々を迎えることができることとなり、大変嬉しく思うところである。
新井商店は、地元の商店として地域の方々に親しまれ、食品や雑貨をはじめてガソリンスタンドも経営されている。常に真心のこもった応対で信頼を得ている。ほしのみや保育園は、古宮神社の境内に創立され今日に至ったが、理事長、園長をはじめ職員の努力によって、また地域の方々に支えられて、日々順調に運営ができている。これ地元の氏神神社のおかげと、此のたびの寄進となったこと、誠にありがたく、心から感謝申しあげたい。
神社の社頭の正面に常夜燈が設置されたことにより、境内の威厳が増したように感じる。今後も境内整備に努め、清らかで親しみやすい環境を整えてゆきたいと考えている。立派な常夜燈が奉納されたことを、喜びご報告としたい。
平成29年12月30日
古宮神社では、毎年元旦に氏子崇敬者の一年の平穏無事と、地域社会の安泰をご神前にご祈祷するとともに、皇室の弥栄・日本国の隆昌と世界の共存共栄とを祈っています。
またご希望の方に新年特別祈願祭を斎行し、諸願意をご神前にてご祈祷致しております。明年も下記の通り執り行いますので、ご希望の方は社務所までお申込み下さい。
尚、午後2時より当社に伝わる獅子舞(熊谷市指定無形民俗文化財)が大前に奉納されます。
・日 時 平成30年1月1日 午後1時30分
・初穂料 5千円
・申込み 初穂料を添えて年内にお申込み下さい。
師走17日、境内の大掃除を行った。総代、祭事係、獅子舞保存会の方々の総勢30数名で境内の大掃除を行う。午前9時集合打ち合わせの後、作業に取り掛かる。先ず、屋根に積もった落葉を落とし、掃き溜めていた落葉も掻き出して、森の中に運ぶ。普段の庭掃除では、手の回らない所まで、箒を入れて掃き出す。大きな枯れ枝も多い。落葉と枯れ枝などを集積してみると、大変な分量である。平行して氏子の方々の使用する集会場の大掃除も行い、煤を落とし、ガラスを拭いて、隅々まで拭き清めた。拝殿、末社も煤を払い、水拭きして清めた。
森の中に棕櫚がたくさん生えている。鳥が種を運び自然に生えたものだが、ケヤキ、ムクノキ、樫、榊などに交じって棕櫚が生えてしまうと、森の中に入れない程うっそうとしてしまう。そこで、近年これを駆除している。これも大変な分量なので、少しずつ区画を限って伐採し、森の中の空き地に集積した。棕櫚を伐採すると、風が通る明るい鎮守の森となる。森の足元は落葉でふかふかで、ヤブランが生え、倒木が朽ちている。
午前中で作業が終了し、見違えるようにきれいな境内となった。冬枯れの鎮守の森は、来年の芽吹きまで、冬ごもりの季節となる。これから北風が吹いても落葉はなく、枯れ枝を揺らすのみである。お昼には、ほしのみや保育園の奉仕で、おむすびと熱い豚汁が用意され、作業した全員で頂き、懇談して楽しいひと時を過ごした。毎年恒例の大掃除であるが、大勢の作業は楽しく、能率も上がるようである。
これから年末にかけ、各家庭でも煤払いが行われ、神棚の清掃が行われると、床の間や神棚に納めてある御幣の切り替えが行われる。御幣は、一本立、三本立と区々であるが、これを神社に持参して、新しい半紙で切り替える。これを持ち帰り、神棚に新しい御札を納め、注連縄を張り、御幣を飾る。30日までにはこうした準備を済ませて、正月を迎えるのである。31日早朝、総代、祭事係の皆さんが神社に集合して、幟旗を立てる。これでお正月を迎える準備が、滞りなく整ったということになる。
11月23日に新嘗祭が滞りなく行われた。当日、早朝から大振りの雨で、社殿の装飾を済ませて、午前11時から来賓を迎えて、祭典を行った。11時頃になると雨も上がり、薄日が差すようになる。神前に田んぼ学校で収穫された初穂とともに、御饌神酒、海川山野の味物を供えて、豊作に感謝し、地域と世の中の平安を祈念した。
来賓は、自治会長、農業委員、市会議員、農事組合委員、地域の各役職者などで、これに総代、祭事係が参列した。直会の席では、こもごもそれぞれの立場でご挨拶をいただいた。そうした中で「今まで50年稲作に携わってきたが、本年8月の長雨と収穫期10月の長雨は経験のない事であった。にもかかわらず平年並みか、やや豊作という作柄であった。本当に有難いことであった。」という農業関係者のご挨拶が印象に残った。8月には九州北部豪雨が発生して大災害となった。東北地方では記録的な長雨で気温が上がらず、冷害の被害が発生したという。これに加えて10月の長雨であったので、とても豊作は期待できなかった。しかし、平年並みか、やや豊作であったという結果で安堵したのである。
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11月中旬、今年は例年より早く木枯らしが吹き、境内は落葉で埋もれてしまう。風の吹き溜まりには、10センチ以上の落葉の絨毯となっている。境内の大半の樹木は、ケヤキ,ムクノキなどの落葉樹であるので、落葉の分量は大変多い。昭和34年の伊勢湾台風以前は、樹齢数百年の杉の大木が林立した森であったが、大半が台風通過の強風で倒れてしまい、様子は一変してしまった。以来、50年以上が経過して、落葉樹と樫類の常緑樹の混在した鎮守の森となっている。
新嘗祭には、毎年社殿前のイチョウが黄葉して、美しい景観をなす。神前に捧げられた自然の幣帛の様である。もう一週間もすれば、すべて葉を落としてしまう。境内の落葉は、12月中旬にはみな落ち、冬の陽射しが森の中まで届き、明るい境内となる。来年の新緑の季節までは、この状態が続くのである。まさに冬ごもりの季節を迎えるのである。






